それは今はもうどこにもない、自分だけの海。子供の頃の記憶。忘れられない赤と金色。
子供の頃、夏休みになると、決まって泳ぎに行く海がありました。
家から自転車をこいで五分もかからないくらい近くにある浜です。波が高くて、底が急に深くなる海で、危険という理由で私の通う小学校では遊泳禁止にされていました。
夏休み中、小学校のプールは開放されていたので、多くの子供たちは小学校のプールに通いました。
けれど私はいつも、友達数人とその遊泳禁止の海に泳ぎに行っていたものでした。
海は、お世辞にもきれいな海ではありませんでした。
いつもゴミや流木が浮かんでいて、朝になるとそれらが浜辺に打ち上げられていました。荒い波が底の砂を巻き上げて、海水を汚い緑色に濁らせていました。汚れの溜まった黄色い泡が、あちこちで生まれては弾けていきます。
浜辺は砂浜ではなく、平べったくて丸い、ちっちゃな子供の拳ほどもある無彩色の石が集まって出来ていました。大きな石ですが、波打ち際では波の勢いに負けゴロゴロと転がります。波打ち際に立っていたら、すねに石が当たって痛いほどでした。
そんな海に、私たちは果敢にも向かっていったものでした。けれど波が高すぎて、まともに泳ぐ事は出来ません。油断しているとすぐに波にさらわれてしまうのです。
海には無数のテトラポットが沈められていました。その上に更にテトラポットを積み重ねるようにされていて、遠くから見ると灰色の島にも見えました。波は次々とテトラポットに打ち寄せ、テトラポットのそばには複雑で激しい海流が出来ていました。その海流に捕まったら、大人でも海に飲み込まれてしまうでしょう。
テトラポットの島は、このあたりの海岸線一帯に、一定間隔に作られていました。その島と島との間に出来た隙間から、荒々しい太平洋を望むことが出来ました。そこが、私たちのちっちゃな――けれども豪快でスリル満点な、自分たちだけの海水浴場でした。
「よし、今日も戦うぞ!」
「おう!」
そんな事を言いながら、私たちは荒波に向かって行きます。
海に入るとすぐに波が襲ってきました。足をすくわれないように半身に構えます。
波に正面から相対してはいけません。まともに波にぶつかると、簡単にのまれてしまうからです。
波にのまれないようにするコツは、波が来る寸前に腰を落として、海に潜ってしまうというものです。潜っている間に波をやり過ごすのです。腰をきちんと落として、底に足を踏ん張らせる事がポイントです。足の踏ん張りがきいてないと、足をすくわれて飲み込まれ、底の石に打たれながら波打ち際までゴロゴロ転がっていく事になります。
ザパーン!
波が私にぶつかってきました。
「負けるかー!」
私はすり足で波に向かっていきます。五メートルも進むと、急に底が深くなります。
「いかん、もう足がつかん」
「ゲー! ……くそー!」
波打ち際まで波に運ばれて、ドザエモンのように横たわっていた私は、しこたま飲んだ海水を吐きながら起き上がります。あちこちを石にぶつけてしまった体は満身創痍。半泣きの私を、海の中で仲間たちが笑っています。
ザパーン!!
そんな仲間たちを、ひときわ大きな波が襲います。
「わー! ブクブク……」
ゴロゴロ。結局彼らも、私と同じ運命をたどるのでした。
そんな風にしてめいっぱい海と戦った後は、浜にあがって、テトラポットを探検します。
もともと台風時の荒波や津波を防ぐ為に設置されたテトラポットは、海の中だけでなく、浜辺にもいくつもの大きな山を築いていました。たいした法則性もなく、乱雑に積み上げられたテトラポットは、子供たちにとっては立体迷路のようなものです。その中を探検したり、大きな空洞を見つけて自分たちだけの秘密基地にしたりする事が、楽しくて仕方がありませんでした。
お約束ですが、まれにエッチな本が落ちていたりして、それが純朴な子供たちを大いにときめかせます。ごくまれにウンコが落ちてたりして、しかもそれが明らかに人から生まれしものだったりすると、もうめちゃくちゃしょんぼりしますが。
テトラポットの中をどんなに探検しても飽きる事がなかったのは、まだ踏み込んでいない領域が、いつでも存在するからでした。
平面でない、立体の迷路なので、時に越えるのが非常に困難な壁があったり、または大きな穴がぽっかりと空いていたりします。特に大きな穴に落ちようものなら、テトラポットがコンクリート製ということもあり、打ち所が悪ければ命を落としかねません。
進むか引くか、自分の身体能力とよく相談して決断しなければならないのです。
「障害があるほど燃えるってもんだっ。俺はいくぜ!」
「危ないから止めようよ。よく探せば別のルートがあるかも」
てな感じで、仲間内でも性格によって選ぶ進路が変わってゆきます。
私がどんなタイプだったかは、まあ、ご想像におまかせするということで。
また、去年は越えられなかった地点が、一年の間に体が成長した結果、楽に越えられるようになっている事もありました。逆に、去年は抜けられていたちっちゃな穴が、今は自分がおっきくなり過ぎて抜けられない事もあります。
「やったー!」
「……がっくり」
「あ、ここ何とかいけそうや!」
「の、登れんーッ」
「げ、うんち踏んだ!」
そんなふうにして、私たちはまだ見ぬ理想の秘密基地を探し求めるのでした。
ちなみに、私たちが考えていた理想の秘密基地というのは、大体以下の感じです。
・広い
・立っても天井がぶつからない
・二階立て
・雨が漏らない
・たき火が出来る
・寝泊まりが出来る
・行き帰りに迷わない
・満ち潮でも沈まない
・オトナに見つからない
そんな秘密基地が出来たら、そこに持ち込むものも決まっていました。
・お菓子
・ジュース
・イス
・テーブル
・たき火用の木切れ
・花火
・マンガ本
・浜で拾ったエッチな本
・各自の大事なおもちゃ
――結局、ここまで完璧な秘密基地というのは、ついに見つかる事はありませんでしたが、ちょっとした秘密基地は幾つも作りましたよ。
そんなある日のことです。
ひとしきり波と戦った後、私たちはいつものようにお気に入りの秘密基地に集まっていました。お小遣いで買ったジュースを飲みながら、ある由々しき問題について論じ合います。
「もうすぐ夏休み終わりやね……」
「学校始まるなー」
「ああ、そんなこと考えとうない!」
「宿題やった?」
「……やってない。毎日の天気さえつけてない」
私の友達で、夏休みの宿題をまともにやるような奴はほとんどいませんでした。
「ああ~、どうしよう!? 先生に怒られるちや! 怒られるちやー!!」
「……いや、けっこう大丈夫かも」
「え? なんで?」
「だって考えてみいや。宿題を仕上げてるやつが今ここに一人もおらんということは、他のやつらもやってないんじゃない? だったら、先生も仕方がないということでもう少し提出期限を延ばしてくれるはず」
「――なるほど! 確かにそうや。絶対みんな宿題なんてやってないって」
「うん、そうに決まってる!」
「ああ、良かった! 俺なんかすごくホッとした!!」
「…………」
いや、たぶんここにいる以外のほとんどの同級生は、それなりに宿題やってるか、今慌てて仕上げてるよ。
私はそう思いましたが、今は何も言わないことにしました。
みんな、さすがにそんなことは分かってるだろうと、そう思ったからです。
どうせ帰ったら、ベソかきながら宿題やるのです。だったら今ちょっと夢を見るくらい、いいじゃないですか。かわりに私は言いました。
「来年は、みつかるかなー」
最高の秘密基地。
夏休みが終れば、きっとここにはほとんど来なくなるでしょう。
少なくとも今こうしているように、みんなでこの場所に集まることはないと思います。
次の夏が来るまでは。
「……帰ろうか」
誰ともなしにそう言って、みんな秘密基地から外に出ました。
テトラポットの山から出ると、日は落ちかけていました。
西日がゴミだらけの浜辺を、海を、島のように浮かぶテトラポットを全て赤く染め上げています。
赤い金色だと、私は思いました。それはとてもきれいでした。
仲間の一人が、当時流行っていたアニメソングを歌い始めました。みんな後に続いて歌い出します。歌いながら、自分たちの長い影を追うようにして、堤防沿いに歩きます。
潮風が少しだけ肌寒くて、それが夏の終わりを告げているようでした。
それからもう、随分時が経ちました。
小学校を卒業してからは、私はこの海にあまり足を運ばなくなっていました。そしてたまにくるたびに、幼い頃の夏、足しげく通ったこの浜は様変わりしてゆきました。
いつの間にか、かなり沖のほうまでテトラポットが積まれました。海岸線には、一定の間隔で防波堤が建ち並んでいます。波は穏やかになり、ゴミはあまり流れ着かなくなりました。いつの間にか自然に研磨されたのか、平べったく丸い大きな浜の石は、今では砂になっていました。
いつも緑色に濁っていた荒れた海は、天気の良い日は穏やかな海原に空の青を映します。波の音は囁くようになり、ここに来た私に、安らぎを与えてくれます。
あの頃は、私が知っている海はここだけでした。そして今私は、さまざまな海を見て知っています。東の海も、西の黒潮も。穏やかで、時に渦を巻く内海も、島から眺める水平線も、または遠く北の大地から見る大海原も。時には朝日の昇る海を、そして日の沈む海を。夜の、嵐の日の海、雪の降る海。人で溢れかえる海、一人きり見た海、二人で見た海――。
けれど私は、遠い昔――あの日に見た、赤い金色に輝いていた海の色を、今でもなによりも美しく思い出すことが出来ます。それは今はもうどこにもない、自分だけの海。子供の頃の記憶。忘れられない赤と金色。

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