よちよちと向かってくる子猫に、自然に顔がにやけてくるのを抑えきれませんでした。
「ミー」
尻尾をたて、よちよちと千歳の手に向かってくる子猫に、千歳は自然に顔がにやけてくるのを抑えきれませんでした。
なんてかわいいんだろう!
「かわいいやろ」
母がニコニコしながら言います。
「やっぱりこの子貰ってきて正解やったね」
得意げな母の様子に、千歳は素直にうなずきます。
「うん、良い猫やねー」
ある日唐突に家にやってきて、そのまま家族になった子猫は、アメリカンショートヘアとペルシャ猫との間に生まれた雑種という、血統がいいのかどうだか良くわからない生まれの子猫で、白い毛並みに、アメリカンショーヘアを思わせる青みがかった銀色の縞の女の子でした。
目なんかパッチリとしてて、人懐っこくて、やってきたなり濱田家の人間全員を虜にしてしまいました。
「ミー」
子猫は一所懸命千歳の手によじ登ろうとしています。
「ミー」
コロリ。
肢を滑らして転んでしまいました。
「名前どうしようか」
にやけていた千歳に母が言いました。
「……名前か。どうしようね」
「ミー」
転んだ子猫のお腹をくすぐると、子猫はわたわたと四本全部の足をばたつかせ、千歳の手にじゃれつきます。ちっちゃくてするどい爪に引っかかれて千歳の手は細かい傷だらけですが、子猫をじゃらすのをやめる気にはぜんぜんなりませんでした。
翌日、母によって、子猫の名前は『ネコ』に決まりました。
年号が平成に変わって間もないころ、秋篠宮が嫁さんをもらったことによる『紀子様ブーム』というものがあり、当時多くの主婦の例に漏れず、母は熱狂的に二人を祝福していました。このころはそれからすでに数年が経過していて、紀子様もすでに女児なんか出産されていましたが、母は、当時の興奮をまだ忘れてなかったのです。
「良く寝る子だから『寝る子』と書いて『ネコ』。紀子様にあやかってね。良い名前やろ」
そうか?
千歳にはとてもそうは思えなかったので反対しましたが、だからといって他に名前を用意していたわけではありません。それに代わる案を持たない者の反対意見ほど、軽視されてしかるべきものはなく、結局千歳の反対は潰されてしまい、子猫の名前は『ネコ』に決まりました。
しかし。
「ミー」
「…………」
結局名前がなにになっても、かわいいものはかわいいのです。
家族の愛に守られ、ネコはすくすくと育っていきました。
ネコも生後数ヶ月も経つと、家の中のたいていの場所には自力でいけるようになりました。階段なんか颯爽と駆け上ります。そしてそのころが一番やんちゃな時期でもあり、家の壁はすでにネコの引っかき傷だらけでした。籐家具なんか目も当てられません。
母はご立腹でしたが、それでも愛らしいまなざしで見つめられるとついつい何でも許してしまうのです。多少過保護に――大事にネコは育てられました。
ところで千歳は、前世は猫だったのではないかと思うほど、猫のあらゆる行動に共感がもてます。そのせいなのかどうなのか、世の多くの猫にも何故か好かれる傾向にありました。
道端でボケーとしてると、気がつくと野良猫が何匹も集まってじっとこっちを見てたりすることもざらにあったりして、ペットショップの店員なんかになればひょっとしたらカリスマ店員にでもなっていたのではないかと思っていたりします。
ネコも、人間の中で千歳に一番なついていて、夜は、部屋の扉を開けておくとたいていいつも千歳のベッドまで来て丸くなるのでした。
朝はいつもネコが千歳の上に乗って、千歳の胸のあたりを前足でフミフミして起こしてきます。目覚し時計はいりませんでしたが、休みの日は起きたくもない時間に起こされたりして、それが少しだけ鬱陶しかったかな。
また、ネコに対して、いろいろ気をつけなければならない部分もありました。
まずひとつとして、なぜかタバコの灰を舐めたがるのです。まず灰皿の匂いを嗅いで、それからおもむろに灰を舐め始めるのでした。なんで灰なんか舐めるのか、前世が猫じゃないかと思っている千歳にもわけがわかりません。とにかく体に良いわけもないので、灰皿は、ネコの目が届く場所には置かないように気をつけなければなりませんでした。
あとコタツ布団のワタが好きでした。
濱田家は大して裕福ではないので、千歳の部屋にあるコタツにかけているコタツ布団は、ワタが化学繊維の安物でした。また、一部が破けていて、そこから中のワタがのぞいていたのですが、なぜかそこに頭を突っ込むのです。
放っておくといつまでも突っ込みっぱなしで、むりやりコタツから引き離すと、目を閉じ、陶酔しているかのような表情。完璧イッてます。化学繊維の中にヤバイ物質でも混ざっているのでしょうか。とにかくこれもあんまり体によさそうな気がしないので、ネコがコタツ布団に頭を突っ込まないようにも気をつけなければなりませんでした。
それとやはり猫なので、『寝子』という名の通り、非常に良く寝ました。なにかで読んだ本によると、猫は、特に子猫の頃は一日の三分の二をも寝て過ごすそうです。ネコも、寝るか食うか暴れるかの日々で、そういう意味では非常に自由に、気ままに生きているように千歳には見えました。
そしてその頃、千歳は少し憂鬱な気分で日々を過ごしていました。
いつものように専門学校から家に帰ると、その日もネコが玄関まで迎えに来てくれました。うちの両親は共働きで、またその頃弟は遠い学校で寮暮らしをしていましたから、千歳が学校から帰るまで、ネコは家で一人きりのことが多かったのです。だから千歳が帰ると、家の中のどこにいても――たぶん寝ていても飛んできます。
「おーよしよし、さびしかったかー」
「ミャー」
すりすりと、ネコは歩く千歳の足に擦り寄ってきます。ネコを踏まないように注意しながら、千歳は部屋着に着替えたりエアコンをつけたりテレビをつけたりしてくつろぐ環境をととのえます。
そうして、ベッドに寝転んで一息つくのでした。
(……もうすぐだな)
春になると、千歳は学校を卒業し、社会人として働かなければいけませんでした。
十数年間学生として生きてきた生活が、ついに大きく変わるときが、もうそこまでやってきています。
ネコに共感できるくらいですから、はっきり言って千歳は働くのが好きではありません.
自分の時間が削られるのは大嫌いです。
(社会に出ると、もう夏休みとかないんだよなー)
そう考えると、働くのが嫌でいやでたまりませんでした。
「ミャー」
慰めるように、ネコが寝転んでいる千歳の手を舐めました。
「……お前はいいな。自由で。働かなくてもいいんだよな。食っちゃ寝食っちゃ寝、気楽な毎日だ」
そんな愚痴をこぼしながら、頭をなでてやります。ゴロゴロ。ネコはうれしそうに喉を鳴らします。
「俺もお前みたいに、働かないで毎日気楽に生きていたいよ……」
そんな愚痴めいたことを言っていたら、ネコは千歳の手のそばから離れ、窓の近くに行きました。
そうして窓に顔をくっつけるようにして、じっと何かを見ている様子です。
このところネコはそうやって窓の外を見ることが多くなっていました。ふと興味を引かれた千歳は、いっしょになって窓の外を眺めてみました。
窓の外には、見慣れたいつもの景色が広がっていました。
千歳は気づきました。
「……そうか、外に出てみたいのか」
ネコは、今まで一度も家の外に出たことがありません。
外は危険がいっぱいなので、出さないようにしていたのです。
窓から見えるのは、千歳にとっては見慣れた、何のことはない景色でした。そしてそれは、ネコにとってもやっぱり見慣れた景色だったのでしょう。しかしネコは、実際にそこに行ったことはありません。
ネコの『直接行った事のない景色』と、千歳の『出たことのない社会』が重なったような気がして、千歳は苦笑しました。そして、自分の今の思いに、その時初めて違和感を覚えました。
以前は、社会に出て働くことを考えると、こんな憂鬱な気分になったりはせずに、もっと単純にわくわくしていたような気がします。
――そうか。
千歳は気がつきました。
一年後の未来。二年後の未来。自分がこれからやっていきたいこと。幼い頃夢見ていた、大人になった自分――。そんなことを考えるのが、昔は楽しくて仕方がなかった。
(けどそれは、夢と未来が同一であると、信じていられたからだ)
生きていくうちに、千歳は認識するようになりました。夢=未来ではないことを。
自分の思い通りにならない未来なんてつまらない。
そんな失望が、いつの間にか千歳に未来を思うことをさせなくしていたのです。
けど、違うのだ。
窓の外をただじっと見つめる子猫が、それを千歳に教えてくれています。
ネコが、思い通りの未来を期待して、外を見ているわけがありません。
そこに行ったことのない場所があるから、自分の知らない世界があるから、だからネコは外を見ているのでしょう。
千歳は窓の外を見ながら、少し先の自分の未来を思い描いて見ました。たぶん、あんまり思い通りにはならない未来を。
ささやかな成功と、多くの挫折。きっとそんな感じだ。恥をかいたり、いろんな失敗を繰り返したりしながら、それでも生きていく。
厳しくて、刺激的で、無限を秘めた未来――
なんだ。
けっこう楽しいかも。
(なんで俺、今まで憂鬱だったんだろう)
今まで暗い気分だったのがバカみたいに思えて、千歳は思わず声を出して笑ってしまいました。
あいかわらずネコは外を眺めています。
「……外に行きたいか?」
「ミャー」
「じゃあ、お母さんに頼んでみてやるよ。けど車とか気をつけろよ。危ないとこは行っちゃいかんぞ」
「ミャー」
千歳とネコに等しく広がる、きっとやさしいばかりではない――けど期待に胸膨らませずにはいられない未来。それを考え、千歳は思わずネコを抱き上げました。
――そうだ。
「今度海に連れていってやるよ」
暖かい、天気の良い日に自転車のカゴにでも乗せて。
潮の匂いのする風に向かって、長い下り坂をくだってちょっと行けばすぐ海だから。
天気の日の海ほどキレイなものはないんだぞ。青い空が海に映って、空が二つあるみたいに海が青く輝いていて。
浜でそんな海に向かって、猫のように伸びをして、潮風を大きく吸い込んで――
それだけでもう、泣きたくなるほど幸せな気分になるんだ。

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