高知県南国市前浜地区で行われている、子供だけのお祭り。
千歳の実家の前に流れる川では、年に一度――六月の第一土曜日に「えんこう祭り」というお祭りがあります。
えんこう祭りは、子供の為――それも男の子の為だけに行われるお祭りです。このお祭りには、基本的に大人は参加しません。お祭りをするのに必要な準備も、そしてお祭りそのものも、すべて子供たちだけで行われます。
「えんこう祭り」の「えんこう」とは、河童のことです。ようは、川で子供が溺れてしまうのを、河童が川の底で足を引っ張ってるからだと考えた昔の人たちが、河童に「頼むから子供を溺れさせないでくれ」と、キュウリやらナスやらのお供え物をして、子供を水害から守ろうとするお祭りだったんですね。
その発想自体は別にいいんですが、つまり千歳の実家の目の前にあるこの川では、昔は良く子供が溺れて死んでいたということになります。そう考えるとちょっと恐いものがあります。
ちなみに今その川は、市の下水道管理の理由等により汚れきっていまして、はっきりいって誰かが泳いでいるところなど見たことがありません。それでも千歳は子供の頃はよく、おじいちゃんと一緒に網で鮒(ふな)を捕まえたりしていましたが、今ではそれさえも誰もやっていないですね。なので河童もなにも、千歳の家の前の川で子供が溺れる心配など、今はまったくないんですが、まあそんな無粋なことはいわないようにしましょう。いや、むしろ無粋なのは汚れてしまった川の方ですか。
ちなみに捕まえた鮒は、どうやらおじいちゃんが煮て食っていたようです。本当、昔の人は逞しいです。
話を戻します。当たり前のことながら、千歳にも子供時代はありましたから、えんこう祭りの経験も当然あります。
どんなお祭りかというと、――ここから先に書いた内容は、あくまで千歳が体験した頃のえんこう祭りであり、現在のえんこう祭りが昔とはずいぶんと様変わりしている可能性もありますのでご了承下さい――とにかく男の子たちが、川に架かっている橋周辺で花火をするのです。花火といっても、たまやな花火ではなく、手持ち花火や、ロケット花火(地元では、しゅうびん、といいます)などの、子供でも無理なく遊べる花火です。その花火を、時間にして二時間、休むことなく、ひたすら楽しむお祭り――それがえんこう祭りです。いえ、それはもちろん、菖蒲(しょうぶ)で即席の社(やしろ)をたてて、河童にお供え物をして、お祈りするということもしますし、もともとはそれこそがメインなのですが、子供たちにとって真のメインは花火なのであります。そして毎年のこの経験により、この地区にすむ男の子たちはほとんど例外なく、こういった個人で楽しむタイプの花火のエキスパートになります。千歳も実は花火のエキスパートだったりします。
では、千歳が花火のエキスパートになるまでの軌跡を見て行きましょう。
千歳は小学校一年生からえんこう祭りに参加するようになりました。この時、親が同伴ではありましたが、初めて自分専用の花火を一揃い所有することを許され、親に火をつけてもらいながら、花火が尽きるまで楽しみました。
小学校二年生になると、当然一年生の時に比べ花火所有の量も増えます(学年が上がるごとにもらえる花火の量は増えていきます)。そして、ライターなりマッチなりを自らが携帯し、自分で花火に火をつけることを許されます。さらに、手に持たないタイプの花火(地面において、花火が宙に向かって噴き出したりするやつ)が、手持ち花火のほかに少しだけ加えられます。
小学校三年になると、もう保護者は同伴しません。そしてこの頃から、ロケット花火などの、あらゆる種類の花火の所有を許されることになります。また、花火に火をつけてタイミングよく川に投げ込み、水の中で花火が踊るのを見て楽しむなどの、新しい花火の楽しみ方も、この頃からたしなみ始めるようになってゆきます。
小学校四年にもなると、もう通常の花火の楽しみ方ではまったく満足できなくなります。所有できる花火の量もだいぶ増えてくるため、一度にいくつもの花火を使った遊びを覚え始めます。たとえばロケット花火は一本単位ではなく一袋単位(十二本)で打ち上げられるようになります。牛乳瓶などの中にロケット花火をまとめて突っ込んで、手持ち花火で火をつけるのです。ロケット花火がいっせいに飛び、パンパンと音を鳴らします。かなり爽快です。
小学校五年。ロケット花火をセットするのに、牛乳瓶一本では足りなくなります。また、ロケット花火が発射される直前に、花火の重さで牛乳瓶が倒れてしまい、近くの子供たちに向かってロケット花火が飛んでいくという不幸な事故があちこちで見られるようになる為、低学年の子供たちとは少し離れた場所で花火を楽しむようになります。また、ロケット花火は点火後、タイミングよく手で投げることにより、二段ロケットとして進化します。このほかだいたいの飛び出し系の花火は手で投げるようになります。手で持ってはいけない噴出系の花火も、手で持って楽しむようになります。安物の花火や、不良品の花火の場合、底を突き抜けて花火が噴き出すため、手に火傷を負う危険もあります。そのため、花火の目利き力が問われるようなります。
小学校六年。一部で「戦争」と称して、花火を武器弾薬代わりにした戦いが勃発します。ごく一部では、花火から火薬だけを取り出し、自作の花火も製作されるようになっています。小学校六年生は、お祭りの最後に締めとして、箱単位(百四十四本)のロケット花火を一斉に打ち上げます。
以上です。このように、学年ごとに段階的に花火に慣れていくことにより、小学校を卒業する頃には、少しの火などまったく恐れなくなります。経験により、どこまでが安全で、どこからが危険なのかをかなり高い精度で把握するようになるのです。
そんな感じで、まあ総じて楽しいお祭りなのですが、このお祭り、千歳の記憶では、準備がなかなか大変なのです。
えんこう祭りは川に架かる橋とその周辺で行われます。そのため、まず橋の周囲の草を全部刈ってしまわなければなりません。これがかなりしんどいのです。とにかく一年間伸びたい放題だったものですから、場所によっては子供の背よりも高い草が一面に広がっていたりします。これを全部、子供たちだけで刈れというのですからしゃれになりません。
しかし、刈らないと楽しいお祭りができないのです。なので子供たち全員が手に鎌を持って、ひたすら草を刈りまくります。すべての草を刈るのに一月はかかります。他の、お祭りをするのに必要な作業なんて、草刈りに比べれば屁みたいなものです。
屁みたいな他の作業は以下の通りです。
・集金――子供たちの地区のめぼしい家々に、えんこう祭りの為の資金をアポなしで集金して回ります。ちなみに今年、千歳は1000円払いました。子供たちが手分けして二日も回れば終了です。
・花火購入――集金で集めた資金を使い、えんこう祭りのメイン、花火を購入します。子供が買うとは信じがたい量の花火が、業者と取引されます。
・社の組み立て――川に生えている菖蒲を刈って、竹と組み合わせて社を組み立てます。けっこう大変ですが数時間ほどで完成します。
・提灯――竹林から竹を取ってきて、橋の両端に立てかけ、紐を張って提灯をぶら下げます。これもけっこう大変ですが、当日の作業で十分間に合います。
・お供え物と、祭りの後の料理――親たちが作ってくれるのでなにも心配いりません。
以上です。ホント、草刈りさえなければなあ。千歳はいつもそう思いながら草を刈り刈りため息をついていたものでした。
しかしそんな状況も、時の移ろいと共に変わっていきます。十年程前、今の川幅では氾濫の危険性があるということで、川幅を広げる工事が行われました。それにより、川の周囲の道のほとんどがアスファルトで固められます。アスファルトで固められた道には草は生えません。その年以降、草刈りの作業は非常に簡単な作業になったのでした。今の子供たち、かなり羨ましいです。
そういえばこのお祭り、うちのおじいちゃんによると、最初は花火はしていなかったんだそうです。それがある年、一人の子供が、ロケット花火を一本だけ打ち上げて、それから花火をするようになったとか。
けれどこの話、はっきり言って眉唾物です。というのは、「その少年とはわしのことじゃ」とおじいちゃん。昔の話だから分からないと思って、孫に調子のいいこと言っている可能性大です。
ちなみにうちのおじいちゃん、おせっかい焼きなので、えんこう祭りでも子供の世話を焼きたがりました。頼まれもしないのにお祭り当日、提灯をぶら下げる為の竹をとってきて、橋の両端に、勝手に立てかけます。子供たちだけでお祭りの準備をすべて行うのがえんこう祭りの基本的なスタンスですから、他の大人たちにひんしゅく買いまくりです。しかしおじいちゃんは一向に意に介しませんでした。「今の子供はなにもできん」よくそう言っていました。
そして、今年の六月の第一土曜日――ずっと名古屋で暮らしていて、最近高知に帰ってきたばかりの千歳にとって、数年ぶりにえんこう祭りを目にする機会が訪れました。その日の昼間は、千歳は外出していたのですが、夕方家路に着いた頃には、橋の上に提灯が並んでいました。数年ぶりのその光景は、やはりとても懐かしい風景でした。
またうちのおじいちゃんが、勝手に竹を立てたりしなかっただろうか。
何気なくそう考えて、すぐに千歳は、それを否定します。それはありえない話でした。だって、おじいちゃんはもうとっくに死んでしまっていますから。
草一本生えないアスファルトの道に、ずいぶん広くなった菖蒲一本生えない川。昔は石橋だった橋は、今は鉄筋の橋になっています。その橋の両側に固定された、提灯をぶら下げている棒が竹ではなく、軽くて丈夫なステンレスか何かの棒であることに気がついて、千歳は苦笑しました。
けれど社は、どこから採って来たのかちゃんと菖蒲で作られていますし、子供たちは花火を手にして集結しつつありました。辺りがもう少し暗くなったらえんこう祭りの始まりです。
えんこう祭りは子供の為のお祭りですから、大人は参加しちゃいけないし、見ててもあまりおもしろくありません。花火も全然派手でないし、暗くて子供たちの顔さえあまり見えないし、不用意に近づけばどこから花火が飛んでくるか分からず、危険でさえあります。そして遠くから見る分には、ただロケット花火の破裂音がうるさいだけ。
けれど大人が見て楽しくなくても、それは全然構わないのです。子供の為のお祭りは、子供さえ楽しければそれでいいのだし、千歳がそうであるように、多くの大人は子供の頃すでに十分楽しんでいるのですから。
ただ、少しだけ懐かしくなって、コンビニで買った花火を一人こっそり楽しんだとしても、ちょっとくらいならかまいませんよね。ああ、おじいちゃんもそうしていたのかも。おばあちゃんに色々命令しながら、二人して花火に見いる姿が目に浮かぶようです。

このページへのコメント
初めておじゃまします。「えんこう祭り」を調べていてたどり着きました。
懐かしい空気と子供達の歓声が、胸に染みるような思いで拝読しました。
地区独特のお祭り素敵ですね。
これからも受け継がれていくことを願います。
何年も前の記事にコメントしてすみません。ありがとうございました。

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