ある日、その子に突然の別れを告げられた。
学生の頃親友だった田中は、少なくとも俺が知ってる人間の中では、最も気のいい奴だったと思う。
単純で、理由もなく人を信頼し、世界は希望に満ちていると信じているようなところがあった。
思ったことは言わずにいられない性格だったが、心底素直な性格をしていたから嫌味がなく、大抵の人から好かれていた。
ひねたところのあった当時の俺からしてみたら、田中の素直なところは単純過ぎるように思え、物足りなくも感じていた。それでも田中と俺は不思議と気が合い良くつるんでいた。
田中とは、数人の友達と一緒によく麻雀をした。麻雀しながら大抵ロックミュージックを聴いていた。最も聴いていたのは「X JAPAN」だ。俺も田中もX JAPANにシビレていた。俺は「X」とか「紅」みたいな激しい楽曲が好きだったが、田中は「ENDRESS RAIN」とか「Forever Love」とか静かで優しい歌を好んだ。
だけどカラオケでは、二人して激しい歌ばかりシャウトしながら歌っていた。かなりやかましかっただろうなと今にして思う。今となってはもう、あんなには歌えない。
田中は生まれつきかなりのイケメンであり、本人がその気になればハーレムを作ることすら出来そうなほどだったが、根っからのシャイボーイで、決して自分からアプローチすることなどなかった。田中に興味を持った女の子からすればずいぶん憎らしくも感じたことだろう。
俺が知っている中では一人だけ、年下の女の子が田中に猛烈なアプローチをかけたことがあった。今考えてみたら、彼女はおとなしい見た目や物腰とは裏腹に、かなり積極的な性格だったんだろう。シャイで、決して自分からは動けない田中にとってそれは願ったりかなったりの展開で、めでたく二人は彼氏彼女になる。
付き合い始めてからは、毎夜海辺をドライブして過ごしたという。時にはヤンキーに絡まれながらもデートを続け、ある日、その子に突然の別れを告げられた。
田中はシャイ過ぎて、結局積極的な女子高生にはそれが物足りなかったのだ。田中のよく言えば誠実なその対応は、当人にとってはありがたくもなんともないことでしかなかったわけだ。
もちろん女の子は悪くない。なにもできなかった田中が不甲斐ないのだ。しかし、どうやら田中にとってはそれがトラウマになってしまったらしかった。
田中が学生時代を終えて就職した頃、両親が仕事の都合で引っ越してしまった。
田中の職場から車で四時間はかかる場所に引っ越したんだからどうしようもない。田中は初めての一人暮らしを始めた。一人暮らしは思いのほか寂しかったらしく、奴は時間さえあったら俺のとこに遊びにきた。あんまり不憫だったから、うちの猫が産んだ子猫の中で一番可愛いやつを一匹譲ってやったら喜んで連れて帰った。
田中と猫が住むその部屋は、一人暮らしだから絶好のたまり場にだってなりそうなものだったが、実は俺は一度も入ったことはない。一度だけ他の友人と連れだっていきなり遊びに行ったことはあったが、どうしても部屋には入れてくれなかった。そこは風呂もトイレも洗濯機も共同のボロアパートで、そこに男の一人暮らしだから、かなり散らかってるのを気にしたのか、それとも他の理由があったのか。いまだに謎だ。
そんな日々が過ぎていく中で、田中はなぜか夜のスナックでバイトを始めた。そこでどうやらかなり女にもてたらしい。もてるのは良いことだが、前回のトラウマの反動だろうか、田中は女のことを多少シビアな目で見るようになっていた。 別にそれに対して俺がなにか言うことはなかった。女に冷たい男はそこらじゅうにいる。俺の他の友達にもいた。田中がその一人になったからといって、とやかく言う理由もない。
そうこうしているうちに結局田中は仕事を辞め、猫と連れ立って親元に越していった。一度だけ、こっちに来た田中と酒飲んで騒いでX JAPANを熱唱したが、もうそれきり音信がない。聞いた話じゃ親とケンカして家を出たって話だが、そうなるとますます探しようもない。
田中は本当に素直な男だった。周囲の影響を、まっすぐに体で受け止めずにはいられないやつだった。
父親が警察官だったし、たぶん両親がよほどまっすぐに、素直な人間に育てたんだろう。親元にいる間はそれでもよかったろうが、親元を離れると他に守ってくれるやつなんていやしない。自分の身は自分で守るしかない。
そんな生活は、やつから次第に素直さを奪っていったのかも知れない。
だけど世の中というのはそんなもんだ。みんな、ピュアな部分を失いながら生きていくのだ。
俺は奴の素直すぎるところが嫌いだった。おまけに味音痴で、なにを食っても美味いという。冷めたクリームソースがかかった固いピラフを食っても、美味いと心から言いやがる。そんなやつに本物の味や、そのものの本質なんて分かるのか? そう思うことさえあった。
だからむしろ、田中が変わっていくのを見るのは、本音を言えばちっとも嫌じゃなかったのだ。
だけど今になって思う。
なに食っても美味いという奴と、なに食ってもけちをつけるやつ。本物の味とか関係無しに、いったいどっちが幸せなんだろうって。
カラオケでたまに田中が歌っていたENDRESS RAINは、超へたくそで聴いちゃいられなかった。だけどあいつはへたくそだろうがなんだろうが、ENDRESS RAINが好きで、X JAPANが好きで、いつもロックを聴いていた。素直だったあいつも。最後に見たあいつも。まるで、自分のなにが変わっても、そこだけは永遠に変わることはないのだというように。
時は流れていく。ENDRESS RAIN――終わらない雨。歌がどれだけそう歌ったところで、やまない雨などありはしない。終わらないのはただ、記憶の中の雨だけだ。
俺の狭い、汚い部屋。煙に沁みる目で見る、空き缶と空き瓶と薄っぺらな雑誌が散らばる煙草臭い空間。そこでいつも男ばかり四、五人集まっては麻雀ばかりしていたあの頃。乾いた牌の音。耳に残るX JAPAN――
無駄な時間を過ごしていたもんだ、という目でしか振り返ったことはなかったが、最近になってとても大事な時間だったようにも思えてきた。
そう、結局そんなものが、俺たちにとってのENDRESSなんだ。脳細胞の中にだけ存在する、記憶の中の永遠。
田中。お前は知らないだろうけど、お前がいない間にいろんなことがあったよ。
お前が付き合っていて何もしなかったあの可愛い女の子は、今はめちゃくちゃ美人になってるぞ。
けどもう結婚して、子供もいるけどな。
今お前はどこでどうしてる?
お前と今話したら、どんな会話になるだろう。お前は俺になんと言うだろう――。
俺のやった猫は元気にしてるか? それとももう死んじゃったか?
今お前の耳に、ロックは聴こえているか?

このページへのコメント
>>1Qさん
そういえば、このエッセイがきっかけで田中と連絡が取れました!
連絡先はキープしてあるので、そのうち酒でも一緒に飲もうかなと♪
終わらない雨(X JAPANのTHE LAST SONGの歌詞目当て)で
検索したら一番上にここが出てきたのでちらっと見てみたら・・・
今俺には友達はいません。小学校中学校と友達やってた奴とは絶縁状態
高校の友達は中学校の友達だけとつるむ奴らだったんで学校の中での話し相手って感じ
ここまで相手のことを考えられる友達なんていませんでした
田中さんがうらやましいです。
どのような形であれ今も必死に生きていますきっと

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