月夜に浮かぶ海

 たまに、「俺って何なんだろう?」なんて考えることがある。  なんか社会に出るようになってから特に。  学生だった頃は、そんなに広い世界に住んでいるわけじゃないし、知ってる人間の数もそれなりに限られてるから、自分のことをある程度特別な存在だと感じていられた。  だけど、社会に出るようになって、いろんな世代のいろんな人たちと係わるようになって、だんだん気がついてきたんだ。  ああ、自分と同じような...

月夜に浮かぶ海 - 記憶の欠片

2006/07/07UP

 たまに、「俺って何なんだろう?」なんて考えることがある。
 なんか社会に出るようになってから特に。
 学生だった頃は、そんなに広い世界に住んでいるわけじゃないし、知ってる人間の数もそれなりに限られてるから、自分のことをある程度特別な存在だと感じていられた。
 だけど、社会に出るようになって、いろんな世代のいろんな人たちと係わるようになって、だんだん気がついてきたんだ。
 ああ、自分と同じような存在って、結構あちこちにいるんだなってさ。

 たとえば俺が急に倒れて入院とかしちゃって会社に行けなくなったりしても、そりゃあ少しの間困るかもしれないけど、代わりの人間はすぐに見つかるんだろうし。
 別にやさぐれてるわけじゃなくて。なんていうんだろう? 俺は間違いなくただ一人の存在なんだけど、「ただ一人の存在 = かけがえのない存在」ではないのかも、みたいな。
 そんな感じ。茫漠とした不安感みたいなやつを感じて、だから「俺って何なんだろう?」なんてたまに考えてしまうわけだ。

 けどね、そんな救いのないことを考えたとしても、別に変に落ち込んだりすることはなくて。
 ただ、少しだけ寂しい気持ちになるくらい。
 昔からそういう時は、どこか落ち着ける場所で一人になるのが好きだった。田舎に住んでいた頃は、よく海を見に行ってたな。歩いて十分くらいで手に入る、特別な時間。
 けど今は海は遠い。田舎を出てもう何年にもなる。海は相変わらず俺のことを癒してくれるけれど、手軽な癒しのツールではなくなってしまった。
 あーあ。海が見たいなあ。

 その日はたまたまベランダに出ていた。外れた網戸をいい加減治そうと思って、網戸とガタゴトと格闘してたんだ。
 ようやく網戸がはまって、一息ついたついでに煙草を取り出す。
 ポケットに入れておいた煙草の箱は、網戸と格闘しているうちにひしゃげちゃってた。取り出した煙草もなんだかアーチスティックな感じで、それがおかしくて笑ってしまう。
 笑いながら空を見上げたら月が出ていた。
 なんだ、今日は満月じゃん。
 朝日しかあたらないこの部屋でも夜ベランダに出れば、たまに月の光は浴びられたりする。
 シュッと煙草に火をつけて、有害な煙を肺いっぱいに吸い込みながら、月光浴気分で俺はベランダでくつろいだ。

 そういえば俺って、昔から月に見とれることの多い子供だった気がする。月は神秘的だと思う。昔から、人が月に神秘を求めてきたのも、よくわかる気がする。神話にも月にまつわる話がたくさん出てくるし、どこかの国の国旗にだってなってる。物語にも使われてきた。昔の物語だったら、竹取物語とか、狼男とか。最近(?)だったらセーラームーンとかね。
 竹取物語では、月のことだけを想い続けてきたかぐや姫は、最後には月に帰っていったんだっけ。

 月に帰るかあ……。
 なんて面白い発想だろうと思う。この星で生まれ、育ってきた人間が、月に帰るお姫様の物語を夢想するなんて。
 そしてそんな他愛もないお話が、長い年月を経てもこうして語り継がれているなんて。なんて悲しいんだろうと思う。

 わかっている。俺たちにはきっと、みんなどこかにそんな要素があるんだ。
 これまで生きてきた人生を、自分自身の存在を、不意に否定したくなる瞬間がきっと誰しにもある。だから、どこかに還りたくなる。過去のあの日に。空に浮かぶ月に。本当には存在しない、脳内に構築された都合のいい空間に。
 還る場所なんて、本当はどこにもないのに。
 そう、かぐや姫の求婚者たちのように、きっと俺たちは。
 無力を抱きしめながら、月と彼女を見上げることしかできない存在なんだ。
 この指の先からかすんで消えていく煙草の煙みたいに。いつか、最初からなかったもののように薄れて消えてしまう。

 あーあ。結局月は、あんまり慰めにはならなかった。
 やっぱり海が見たい。せめて波の音だけでも聞きたい。
 けど耳を澄ましても、ここじゃ生活音しか聞こえない。
 海の音が聞きたい。俺は俺の頭の中にあるその音をイメージした。

 ザザン。

 空気を震わすことのない、音のない音。記憶の中だけの振動。
 心が震える。そう、この音だった。
 ちっちゃい頃はいつも聞いていた、聞きたいときにはいつでも聞けた、あの海の音だ。

 かぐや姫は月に還っていった。
 俺たちはこの星で生まれ、こうして生きている。還る場所なんて、本当はどこにもありはしない。今生きているここ以外には。
 わかってる。けどそれでも思ってしまう。いつか、
 俺みたいなやつにも、いつか還る場所があるんだろうか。

 煙を吐き出したら目に沁みた。
 ザザン。まぶたを閉じると、ひときわ強く聞こえてくる波の音。空に広がる海のイメージ。

 次に目を開いた時、月夜の向こうに何かが浮いているのが見えた気がしたんだ。
 俺は楽しく想像する。あれはUFOだろうか。それともかぐや姫かな? かぐや姫のほうがずっと面白いな。
 お供を連れて、小さくてけれどとても豪奢な輿に乗せられて。
 滑るように空の海をのぼっていく。
 月に向かってのぼってゆく。

 輿の中から顔を出して、静かなまなざしで、これから還る月を見上げている。それは世にも美しい人。きれいな、きれいなかぐや姫。

このページへのコメント

1 :らふぃん at 2006/07/17 14:57 [RES]

 導入部の話、自分はね。。そこに救われた。。「大丈夫!必要じゃない人間は俺だけじゃない」って。
考えて見れば、本当の意味で必要な人間なんてイヤしないと思う。たとえ一国の元首だってとしてもだ。代わりなんていくらでもいる。困るのは一気に複数人が居なくなるときだけ。
「必要な人間なんてイヤしないさ」なんかの小説のセリフ。。そんな言葉に救われた(笑)多分自分は屈折してるのかな。

そんなわけで、毎日、適当にそこそこ楽しく生きられたらなと思う(笑)

海みたいな~ 見に行こう(笑)

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Posted by 千歳 at 2006年07月07日 02:27 EDIT
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