置き忘れた傘のように、いつか、忘れられてしまうかもしれない。だけど、
忘れられた傘を見た。
誰もいないベンチの横に立てかけられた、淡いベージュのピンドット。
傘ってなんて不完全な道具だろうと、僕は忘れられた傘を見るたびに思う。だって傘は、持ち主を雨から完全には守れない。地面を跳ね返る雨は防ぎようがないし、強い風には、傘は簡単に吹き飛ばされる。
なにより雨が止んでしまうと、このベンチに立てかけられた傘のように、忘れられてしまうような薄い存在になってしまう。
ふいに、昔、人にあげた傘を思い出した。
誕生日のプレゼントに贈った、花と傘。
あの傘はきっと、とっくの昔にどこかに置き忘れられているだろう。
あの頃はそんなのが好きだったんだ。長く所有されることはない。そんなものがちょっとした贈り物にふさわしいって、そう思っていた。
淋しくはない? 昔の贈り物のことを思い出し、雨上がりの空から吹いてくる生ぬるい風を感じながら、僕は心の中で傘に問いかけた。
そんなふうに忘れられて、淋しくはない?
持ち主を雨から守るために作られ、少しの間使われたかと思うと、こうして忘れられてしまう。そんなふうに簡単に忘れられることが、淋しく、辛くはないのかと。
だけど、
「それでも自分は傘でありたい」
傘は、きっとそういうだろう。
それでも、自分は傘でありたいと。そう、そうやって誰かを守るためにだけ、自分は生まれてきたのだから。
ベンチに斜めに立てかけられた傘が、雲から射し込む陽の光を受けて眩しい。僕は目を細めた。
そういえば目の前の傘は、あの日僕がプレゼントしたベージュの傘によく似ている。あの人が今もあの傘を持っているとは思えないし、そもそも僕はもう、それを確かめるすべさえすでに持たない。
誰かとの係わり合いなんてのはいつもとても不完全で、多くはすぐに無くなり、忘れられてしまう。そう、そんなところがまるで傘のようだった。
昔贈ったのによく似たその傘に、僕は手を伸ばしかけた。持って帰ろうと思ったのだ。
けれど思い直し、その傘の前から立ち去る。
だってあそこに置いておけば、もしかしたら持ち主が取りに戻ってくるかもしれない。
――あの傘がまた、持ち主の手で空に向かって広げられる時がきますように。
そんな事を、少しの間夢見た。

このページへのコメント
元sadsファンとしてタイトルに反応してしまいました(笑)
実は私もベージュのドットの傘使ってます。
千歳さんの言葉遣い、なんか好きです。

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