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<title>記憶の欠片</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:06Z</modified>
<tagline>エッセイ・コラム</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2007, 千歳</copyright>
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<title>霞星</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:06Z</modified>
<issued>2007-04-30T21:06:34Z</issued>
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<created>2007-04-30T21:06:34Z</created>
<summary type="text/plain"> 　今日帰りがけに空を見たら、 　まるい月が浮かんでいた。 　東京の空の月は、 　やっぱりどこかかすんで見える。 　星は一個も見えない。 　街が明るすぎて、 　月や星々の光を飲み込んでいるからだ。 　空よりも地上が明るいのなら、 　ＵＦＯは毎夜、 　空から地上を見上げているに違いない。 　地上に瞬く星々からは、 　オリオンや蠍や熊は見つかるんだろうか。 ...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<dc:subject>250_短文</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　今日帰りがけに空を見たら、<br />
　まるい月が浮かんでいた。<br />
<br />
　東京の空の月は、<br />
　やっぱりどこかかすんで見える。<br />
<br />
　星は一個も見えない。<br />
<br />
　街が明るすぎて、<br />
　月や星々の光を飲み込んでいるからだ。<br />
<br />
　空よりも地上が明るいのなら、<br />
　ＵＦＯは毎夜、<br />
　空から地上を見上げているに違いない。<br />
<br />
　地上に瞬く星々からは、<br />
　オリオンや蠍や熊は見つかるんだろうか。<br />
</span>
]]>

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<title>気化</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:06Z</modified>
<issued>2007-04-20T15:46:28Z</issued>
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<created>2007-04-20T15:46:28Z</created>
<summary type="text/plain"> 　アルコールは溶かす。 　心も体も溶かしつくそうとする。 　夜が明ける前に、 　もう、すべてを浸して、 　アルコールにすべて浸して、このまま溶かされてしまおう。 　そしていつか、 　なにもかもが混ざり合い、 　やがて大気に溶け込んだら、風になったら、 　今よりは、孤独でなくなるだろうか。 ...</summary>
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<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
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<dc:subject>250_短文</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　アルコールは溶かす。<br />
　心も体も溶かしつくそうとする。<br />
<br />
　夜が明ける前に、<br />
　もう、すべてを浸して、<br />
　アルコールにすべて浸して、このまま溶かされてしまおう。<br />
<br />
　そしていつか、<br />
<br />
　なにもかもが混ざり合い、<br />
　やがて大気に溶け込んだら、風になったら、<br />
<br />
　今よりは、孤独でなくなるだろうか。<br />
</span>
]]>

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<title>傘</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:06Z</modified>
<issued>2007-04-19T15:25:39Z</issued>
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<created>2007-04-19T15:25:39Z</created>
<summary type="text/plain"> 　最近、 　夕方から降り始める雨が多い。 　今月買った傘はすでに四本。 　靴よりも傘でにぎやかしい玄関にため息を。 　その日もまた職場から外を見ていた。 　気がつけば雨。ああ、またぼくは雨を見ている。 　仕方なく握り締める三百八十円。 　また今日も三百八十円。 　そんな時に貸してもらえた傘がとても嬉しかった。 　これから先、傘があまっていたら、ぼくもきっと同じことをしよう。 　ぼくもきっと、傘を...</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
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<dc:subject>250_短文</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　最近、<br />
　夕方から降り始める雨が多い。<br />
<br />
　今月買った傘はすでに四本。<br />
　靴よりも傘でにぎやかしい玄関にため息を。<br />
<br />
　その日もまた職場から外を見ていた。<br />
　気がつけば雨。ああ、またぼくは雨を見ている。<br />
<br />
　仕方なく握り締める三百八十円。<br />
　また今日も三百八十円。<br />
<br />
　そんな時に貸してもらえた傘がとても嬉しかった。<br />
<br />
　これから先、傘があまっていたら、ぼくもきっと同じことをしよう。<br />
　ぼくもきっと、傘を貸してあげる。<br />
</span>]]>

</content>
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<title>月夜に浮かぶ海</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:06Z</modified>
<issued>2006-07-06T17:27:37Z</issued>
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<created>2006-07-06T17:27:37Z</created>
<summary type="text/plain"> 　たまに、「俺って何なんだろう？」なんて考えることがある。 　なんか社会に出るようになってから特に。 　学生だった頃は、そんなに広い世界に住んでいるわけじゃないし、知ってる人間の数もそれなりに限られてるから、自分のことをある程度特別な存在だと感じていられた。 　だけど、社会に出るようになって、いろんな世代のいろんな人たちと係わるようになって、だんだん気がついてきたんだ。 　ああ、自分と同じような...</summary>
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<name>千歳</name>
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<dc:subject>150_思考</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　たまに、「俺って何なんだろう？」なんて考えることがある。<br />
　なんか社会に出るようになってから特に。<br />
　学生だった頃は、そんなに広い世界に住んでいるわけじゃないし、知ってる人間の数もそれなりに限られてるから、自分のことをある程度特別な存在だと感じていられた。<br />
　だけど、社会に出るようになって、いろんな世代のいろんな人たちと係わるようになって、だんだん気がついてきたんだ。<br />
　ああ、自分と同じような存在って、結構あちこちにいるんだなってさ。<br />
<br />
　たとえば俺が急に倒れて入院とかしちゃって会社に行けなくなったりしても、そりゃあ少しの間困るかもしれないけど、代わりの人間はすぐに見つかるんだろうし。<br />
　別にやさぐれてるわけじゃなくて。なんていうんだろう？　俺は間違いなくただ一人の存在なんだけど、「ただ一人の存在　＝　かけがえのない存在」ではないのかも、みたいな。<br />
　そんな感じ。茫漠とした不安感みたいなやつを感じて、だから「俺って何なんだろう？」なんてたまに考えてしまうわけだ。<br />
<br />
　けどね、そんな救いのないことを考えたとしても、別に変に落ち込んだりすることはなくて。<br />
　ただ、少しだけ寂しい気持ちになるくらい。<br />
　昔からそういう時は、どこか落ち着ける場所で一人になるのが好きだった。田舎に住んでいた頃は、よく海を見に行ってたな。歩いて十分くらいで手に入る、特別な時間。<br />
　けど今は海は遠い。田舎を出てもう何年にもなる。海は相変わらず俺のことを癒してくれるけれど、手軽な癒しのツールではなくなってしまった。<br />
　あーあ。海が見たいなあ。<br />
<br />
　その日はたまたまベランダに出ていた。外れた網戸をいい加減治そうと思って、網戸とガタゴトと格闘してたんだ。<br />
　ようやく網戸がはまって、一息ついたついでに煙草を取り出す。<br />
　ポケットに入れておいた煙草の箱は、網戸と格闘しているうちにひしゃげちゃってた。取り出した煙草もなんだかアーチスティックな感じで、それがおかしくて笑ってしまう。<br />
　笑いながら空を見上げたら月が出ていた。<br />
　なんだ、今日は満月じゃん。<br />
　朝日しかあたらないこの部屋でも夜ベランダに出れば、たまに月の光は浴びられたりする。<br />
　シュッと煙草に火をつけて、有害な煙を肺いっぱいに吸い込みながら、月光浴気分で俺はベランダでくつろいだ。<br />
<br />
　そういえば俺って、昔から月に見とれることの多い子供だった気がする。月は神秘的だと思う。昔から、人が月に神秘を求めてきたのも、よくわかる気がする。神話にも月にまつわる話がたくさん出てくるし、どこかの国の国旗にだってなってる。物語にも使われてきた。昔の物語だったら、竹取物語とか、狼男とか。最近(？)だったらセーラームーンとかね。<br />
　竹取物語では、月のことだけを想い続けてきたかぐや姫は、最後には月に帰っていったんだっけ。<br />
<br />
　月に帰るかあ……。<br />
　なんて面白い発想だろうと思う。この星で生まれ、育ってきた人間が、月に帰るお姫様の物語を夢想するなんて。<br />
　そしてそんな他愛もないお話が、長い年月を経てもこうして語り継がれているなんて。なんて悲しいんだろうと思う。<br />
<br />
　わかっている。俺たちにはきっと、みんなどこかにそんな要素があるんだ。<br />
　これまで生きてきた人生を、自分自身の存在を、不意に否定したくなる瞬間がきっと誰しにもある。だから、どこかに還りたくなる。過去のあの日に。空に浮かぶ月に。本当には存在しない、脳内に構築された都合のいい空間に。<br />
　還る場所なんて、本当はどこにもないのに。<br />
　そう、かぐや姫の求婚者たちのように、きっと俺たちは。<br />
　無力を抱きしめながら、月と彼女を見上げることしかできない存在なんだ。<br />
　この指の先からかすんで消えていく煙草の煙みたいに。いつか、最初からなかったもののように薄れて消えてしまう。<br />
<br />
　あーあ。結局月は、あんまり慰めにはならなかった。<br />
　やっぱり海が見たい。せめて波の音だけでも聞きたい。<br />
　けど耳を澄ましても、ここじゃ生活音しか聞こえない。<br />
　海の音が聞きたい。俺は俺の頭の中にあるその音をイメージした。<br />
<br />
　ザザン。<br />
<br />
　空気を震わすことのない、音のない音。記憶の中だけの振動。<br />
　心が震える。そう、この音だった。<br />
　ちっちゃい頃はいつも聞いていた、聞きたいときにはいつでも聞けた、あの海の音だ。<br />
<br />
　かぐや姫は月に還っていった。<br />
　俺たちはこの星で生まれ、こうして生きている。還る場所なんて、本当はどこにもありはしない。今生きているここ以外には。<br />
　わかってる。けどそれでも思ってしまう。いつか、<br />
　俺みたいなやつにも、いつか還る場所があるんだろうか。<br />
<br />
　煙を吐き出したら目に沁みた。<br />
　ザザン。まぶたを閉じると、ひときわ強く聞こえてくる波の音。空に広がる海のイメージ。<br />
<br />
　次に目を開いた時、月夜の向こうに何かが浮いているのが見えた気がしたんだ。<br />
　俺は楽しく想像する。あれはＵＦＯだろうか。それともかぐや姫かな？　かぐや姫のほうがずっと面白いな。<br />
　お供を連れて、小さくてけれどとても豪奢な輿に乗せられて。<br />
　滑るように空の海をのぼっていく。<br />
　月に向かってのぼってゆく。<br />
<br />
　輿の中から顔を出して、静かなまなざしで、これから還る月を見上げている。それは世にも美しい人。きれいな、きれいなかぐや姫。<br />
</span>
]]>

</content>
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<title>さよなら、夏の体温</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-08-25T14:21:56Z</issued>
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<summary type="text/plain">夏の暑さを克服する手段。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>300_馬鹿</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　暑い。<br>
　今年も相変わらず夏は暑くて、最高気温がヒトの体温にまで達する日も何回かあったらしい。<br>
　女の子が薄着なのはありがたいけどさ。いい加減夏が終わってくれないと、俺にはもう耐えられそうにないよ。<br>
　俺の妹も、最近は良く俺を見て「大丈夫？」と心配してくれている。とても具合が悪そうな顔をしているのだという。大丈夫だよ。俺は妹を安心させるために笑ってみせるが、実際体調の悪さはかなり深刻だ。このままだと、あまりの暑さに幻覚とか見てしまいそうなくらいだ。え？　幻覚はオーバーだって？　いや、そんなことはないさ。だって、そもそも俺に妹なんていないんだから。<br>
　とにかく本当に、これはかなり深刻かもしれない。暑さが俺の脳みそを溶かしてしまわないうちに何とかした方がいい。つまり暑さ対策だ。<br>
<br>
　そんなわけで俺は具体的な暑さ対策をとることにしたんだけど、やれることはもうそんなになかった。<br>
　なぜって、いくつかの暑さ対策はすでにやってしまっているからだ。食事にも普段から気をつかってるし、規則正しい生活も常に心がけている。一般的に知られている暑さ対策は、もうほとんど実行しちゃってたのさ。<br>
　こうなったら今までにない、画期的で、独自の暑さ対策を行うしかないと俺は考えた。もう多少強引な手段でもかまわないから、とにかく暑さから逃れたい。そんなことを考えていた俺は、日本が古くから継承している精神文化に目をつけた。<br>
<br>
「心頭滅却すれば火もまた涼し」<br>
<br>
　先人は、格言という形で、俺たちに偉大な教えを残してくれている。<br />
　これなんて、日本の暑さ対策の歴史を象徴するような言葉じゃないか。夏の暑さを「火」なんて表現しちゃってるところが多少大げさな嫌いはあるが、昔の人もみんな苦労してたんだなあと思うとちょっと微笑ましいくらいだ。<br />
　実際昔はクーラーなんて便利なものはない。暑いときは、心頭滅却することにより暑さ対策していたんだろう。俺たちもこの際、この先人の教えに従ってみたらどうだろうか？<br>
　さっそく俺は心頭滅却しようとした。むむむ……！<br />
　が、非常に残念なことに、心頭滅却の方法がわからなかった。やはり昔の人は、俺とはメンタル面の鍛え方が違うのか。この暑いさなか心頭滅却できるなんて凄い！<br>
<br>
　早々と心頭滅却を諦めた俺は、もっと俺でもやれそうな方法はないかと考えた。様々な方法を思いつき、その中でもっとも有効な方法を実際に試してみることにする。残暑は厳しいざんしょ。アツはナツい。……寒いギャグを言ったら俺の周囲の気温も下がるのではないかと思ったのだが、寒くなるのは俺の周囲だけで、むしろ俺自身は恥ずかしさのあまり顔がほてってきた。これじゃ逆効果だよ。<br>
<br>
　そんな感じで俺が悩んでいることなどお構いなしに、相変わらず気温が体温に達する日々は続いている。言わば常に人とくっついてるようなもので、もうかなりうっとおしい。<br>
　そう思っていたとき、俺は気がついた。<br>
　暑いからといって、なにも体温を否定する必要はないんじゃないか？<br>
　人は、孤独を嫌い、ぬくもりを欲するものだ。たとえばこの、体温と同じ温度の空気をいとしいあの娘のぬくもりだと思うことができたら、ひょっとしたら超幸せなんじゃないだろうか？<br>
<br>
　早速俺はその方法を試してみた。ありがたいことに、暑さで脳みそがぐにゃぐにゃに柔らかくなっていた俺にとって、体温と同じ温度の空気をいとしいあの娘のぬくもりだとイメージすることはそれほど難しくなかった。まったく「人間万事塞翁が馬」とはよく言ったもので、世の中なにが幸いするかわからない。先人の教えの偉大さに、俺はもはや感動すら覚えたね。<br>
<br>
　こうして、いとしいあの娘のぬくもりと一緒にいられるようになった俺は、夏を超幸せな気分で過ごした。次第に俺のイメージ力もかなり鍛えられてきたようで、最近ではあの娘のぬくもりどころかあの娘の声まで聞こえてくるようになったのさ。これだけ脳みそが鍛えられれば、もう妹の幻覚に悩まされることもないだろう。クソ暑かった夏が、まさか気の持ちよう一つでここまで幸せなものになるとは。夏万歳！　ビバサマー！<br>
<br>
　けどね、季節は巡るんだよな。ぐるぐるとね。<br />
　やっぱり幻想は、現実には決してかなわない。そう、俺は気がつかないわけにはいかなかったんだ。<br />
　夏が終る。<br>
<br>
　もうすぐ夏は終わってしまう。<br>
　気温が体温に達することはなくなり、そしていとしいあの娘のぬくもりを感じることはもう、出来なってしまうだろう。<br />
　いや、わかってるんだよ、本当は。<br />
　いくら俺が思い込みが激しい性格だとしても、どれだけ夏の暑さで俺の脳みそがぐにゅぐにゅになってるとしても、物事には限度がある。夏の暑さにかこつけて、どれだけ俺がそう思い込もうとしたところでさすがに無理があるよね。<br />
　わかってる。本当はわかってるんだ。実際にはあの娘は俺のそばにはいないんだって。<br />
　だって今頃は、別の誰かと幸せに暮らしているはずだからさ。<br />
<br />
　やがてくる秋は、それを俺に思い出させようとしてくれるだろう。<br />
　しかし、本当はその必要もない。そんなこと、とっくに思い知ってるんだから、俺は。<br>
<br />
　というわけで俺の、夏の暑さをいとしいあの娘のぬくもりと思い込む作戦は、どうやら最終的には失敗に終わりそうだよ。<br />
　やっぱり夏は、暑いままにしておくべきだと思う。それが俺の結論。物事は、あるがままに受け入れたほうがいい。<br>
　けれどね、人はそんな簡単なことさえ時に忘れてしまうから、だからきっとまたこうして、繰り返し悲しい気持ちを味わってしまうんだ。<br>
　繰り返し繰り返し。季節が巡るように。<br />
　彼女との記憶は、あとどれくらい俺の中を巡るんだろう。<br />
<br>
　仕事の帰り。炎天下の中にふっと涼しい風を一つ感じて、俺は立ち止まる。空気を抱きしめるように両腕を引き寄せ、さよならと言った。<br>
</span>]]>

</content>
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<title>レトルト食品中毒</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-07-29T03:41:02Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.11196</id>
<created>2005-07-29T03:41:02Z</created>
<summary type="text/plain">レトルト食品が大っ嫌いな私に、母は、大量のレトルトパックを送りつけてきた。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>300_馬鹿</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　私はレトルト食品が大っ嫌いだった。<br>
　まずいからである。<br>
　あんなまずいもの、人間の食うものじゃないとさえ思う。<br>
　正直、金を払ってまでレトルトを食べる人間の気が知れない。<br>
<br>
　そんな私は、一人暮らしの身でありながら、高いホーロー鍋セットを購入し、毎日のように一人分の手料理を作った。作るのがめんどくさい日などは外食した。<br>
　別に高級な本物の味が欲しいわけではない。毎日同じものを食うのも別に苦ではない。Ｂ級グルメで良いのだ。ただ、毎日を過ごしていく上でとても大切な時間――食事の時間を、レトルトなんかで台無しにされるのだけは、どうしても我慢がならなかったのだ。<br>
<br>
　そんなある日の事である。<br>
　母が私にレトルト食品を送りつけてきた。<br>
　私は常々母に言っていた。レトルトは食べないから送ってくれるなと。<br>
　それなのに一体全体これはどういうことだろう。私は母を電話で問いただすことにした。<br>
<br>
「母さん、なんだよこのレトルトカレーの山は！？　俺がレトルト食わないの知ってるだろ？」<br>
<br>
　そういい募る私に母は言った。いいから食ってみろと。<br>
　うまいからと。<br>
<br>
　何を言うのだこの母は。レトルトがうまいわけはないではないか。<br>
　しかし、私の知る限り、母も決して味音痴ではない。むしろ舌は肥えてるほうのはずだった。<br>
<br>
「…………」<br>
<br>
　まあ、いい。そこまで言うのなら食ってやろうじゃないか。<br>
　幸い、すでにご飯は炊いてある。私はホーロー鍋に火をかけた。<br>
<br>
　そして十分後、私の人生は変わった。<br>
　十年ぶりに口の中に入れたレトルトカレーが、信じられないくらいうまかったのだ。<br>
　なんだこれは！？　私は驚愕した。うまい！　正直下手なカレー専門店が出すカレーよりもうまいとさえ思う。<br>
<br>
　……つまり私は、甘く見ていたのだ。カレーなのに甘く見ていたなんて、別にそんなうまい事を言いたいのではない。<br>
　私は侮っていたのである。人間の技術力を。うまいものをもっと楽に食べたいという、人間の果てしない欲求が持つ底知れない力を！<br>
<br>
　そんなわけで母の送ってくださったレトルトカレーの虜になってしまった私は、それからは毎日というもの、そのレトルトカレーに舌鼓を打つようになった。何日食っても全然飽きなかった。母が送ってくれたレトルトの在庫がなくなったら、同じものを探しに行った。もう中毒である。<br>
　次第に、別のレトルト食品も試すようになっていった。その多くが、私の舌を満足させるのに十分な味だった。今までレトルト食品の事を馬鹿にしていた自分自身が恥ずかしい。もう将来の嫁さんが料理が出来なくても私的にはノープロブレムである。お湯が沸かせればいいのだ。<br>
<br>
　しかしそうなると可哀想なのはうちのホーロー鍋セットである。<br>
　うちのホーロー鍋はなにも、レトルト食品を温めるためだけに生まれてきたわけではない筈だった。<br>
　ある日テレビでなべやかんが元気に活躍しているのを見て、私はいたたまれない気持ちになってしまった。<br>
　うちの鍋は、きっと泣いているだろうと思うからだ。<br>
</span>
]]>
<![CDATA[<a href="http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/014f4ec9.251df4b7/?url=http://www.rakuten.co.jp/zakuro-honpo/566996/587085/#582520" target="_blank"><img src="http://image.rakuten.co.jp/wshop/data/ws-mall-img/zakuro-honpo/img128/img10311126404.gif" border=0 alt="糸井重里氏が絶賛！！イトリキカレー"></a>
<a href="http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/014f4ec9.251df4b7/?url=http://www.rakuten.co.jp/zakuro-honpo/566996/587085/#582520" target="_blank">糸井重里氏が絶賛！！イトリキカレー</a>]]>
</content>
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<title>忘却の空</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-07-18T14:25:15Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.8941</id>
<created>2005-07-18T14:25:15Z</created>
<summary type="text/plain">置き忘れた傘のように、いつか、忘れられてしまうかもしれない。だけど、</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>150_思考</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<!-- autolink content -->
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　忘れられた傘を見た。<br>
　誰もいないベンチの横に立てかけられた、淡いベージュのピンドット。<br>
<br>
　傘ってなんて不完全な道具だろうと、僕は忘れられた傘を見るたびに思う。だって傘は、持ち主を雨から完全には守れない。地面を跳ね返る雨は防ぎようがないし、強い風には、傘は簡単に吹き飛ばされる。<br>
　なにより雨が止んでしまうと、このベンチに立てかけられた傘のように、忘れられてしまうような薄い存在になってしまう。<br>
<br>
　ふいに、昔、人にあげた傘を思い出した。<br>
　誕生日のプレゼントに贈った、花と傘。<br>
　あの傘はきっと、とっくの昔にどこかに置き忘れられているだろう。<br>
　あの頃はそんなのが好きだったんだ。長く所有されることはない。そんなものがちょっとした贈り物にふさわしいって、そう思っていた。<br>
<br>
　淋しくはない？　昔の贈り物のことを思い出し、雨上がりの空から吹いてくる生ぬるい風を感じながら、僕は心の中で傘に問いかけた。<br>
　そんなふうに忘れられて、淋しくはない？<br>
　持ち主を雨から守るために作られ、少しの間使われたかと思うと、こうして忘れられてしまう。そんなふうに簡単に忘れられることが、淋しく、辛くはないのかと。<br>
<br>
　だけど、<br>
「それでも自分は傘でありたい」<br>
　傘は、きっとそういうだろう。<br>
　それでも、自分は傘でありたいと。そう、そうやって誰かを守るためにだけ、自分は生まれてきたのだから。<br>
<br>
　ベンチに斜めに立てかけられた傘が、雲から射し込む陽の光を受けて眩しい。僕は目を細めた。<br>
　そういえば目の前の傘は、あの日僕がプレゼントしたベージュの傘によく似ている。あの人が今もあの傘を持っているとは思えないし、そもそも僕はもう、それを確かめるすべさえすでに持たない。<br>
　誰かとの係わり合いなんてのはいつもとても不完全で、多くはすぐに無くなり、忘れられてしまう。そう、そんなところがまるで傘のようだった。<br>
<br>
　昔贈ったのによく似たその傘に、僕は手を伸ばしかけた。持って帰ろうと思ったのだ。<br>
　けれど思い直し、その傘の前から立ち去る。<br>
　だってあそこに置いておけば、もしかしたら持ち主が取りに戻ってくるかもしれない。<br>
　――あの傘がまた、持ち主の手で空に向かって広げられる時がきますように。<br>
　そんな事を、少しの間夢見た。<br>
</span>
]]>

</content>
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<title>梅雨空の雲のように鈍く</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-essay.com/idea/tsuyuzoranokumo.html" />
<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-06-30T02:30:34Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.8939</id>
<created>2005-06-30T02:30:34Z</created>
<summary type="text/plain"><![CDATA[月明かりをまるで通さず風にも動かないあの雲のように、俺の心は鈍く、雨を落とさない。&lt;]]></summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>150_思考</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<!-- autolink content -->
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　今日は送別会があった。<br>
<br>
　送るほうも送られるほうもだいたい笑顔で、前向きな、とても良い送別会だったと思う。<br>
　そんな中、一人だけ涙ぐんでいる子がいた。ああ、情が深い子なんだなって思いながら、少しだけ複雑な気分になった。<br>
<br>
　俺の感情は、こんなときに乱れない。<br>
　煙草を吸う年になってから、別れの時に泣いたのはたった一度だけ。<br>
　だから俺は冷たい心をした人間なんだろう。ずっとそう思っていた。<br>
<br>
　送別会が終わって職場に戻り、上司と少しだけ話をしてビルを出た。人ごみに溶け込んで、電車に飲み込まれ、東十条で雨の降らない空を見上げる。<br>
　六月最後の夜。雨の降らない梅雨の空。<br>
　あの真っ暗な空の奥には、きっと分厚い雲がある。<br>
<br>
　たぶん、冷たいわけじゃなく。<br>
　俺の心は鈍いんだろう。<br>
　月明かりをまるで通さず風にも動かないあの雲のように、俺の心は鈍く、雨を落とさない。<br>
　頭ではわかっていても、心に届くのはとても遅くて。<br>
　だから、別れをすぐには実感できない。それが別れだということにさえ、いつもなかなか気づけないんだ。たぶん、冷たいわけじゃなく。<br>
</span>]]>

</content>
</entry>
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<title>ENDRESS RAIN</title>
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<modified>2007-07-17T06:05:58Z</modified>
<issued>2005-05-30T06:32:50Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.7968</id>
<created>2005-05-30T06:32:50Z</created>
<summary type="text/plain">ある日、その子に突然の別れを告げられた。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>100_追憶</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　学生の頃親友だった田中は、少なくとも俺が知ってる人間の中では、最も気のいい奴だったと思う。<br>
　単純で、理由もなく人を信頼し、世界は希望に満ちていると信じているようなところがあった。<br>
　思ったことは言わずにいられない性格だったが、心底素直な性格をしていたから嫌味がなく、大抵の人から好かれていた。<br>
　ひねたところのあった当時の俺からしてみたら、田中の素直なところは単純過ぎるように思え、物足りなくも感じていた。それでも田中と俺は不思議と気が合い良くつるんでいた。<br>
<br>
　田中とは、数人の友達と一緒によく麻雀をした。麻雀しながら大抵ロックミュージックを聴いていた。最も聴いていたのは「X JAPAN」だ。俺も田中もX JAPANにシビレていた。俺は「X」とか「紅」みたいな激しい楽曲が好きだったが、田中は「ENDRESS RAIN」とか「Forever Love」とか静かで優しい歌を好んだ。<br>
　だけどカラオケでは、二人して激しい歌ばかりシャウトしながら歌っていた。かなりやかましかっただろうなと今にして思う。今となってはもう、あんなには歌えない。<br>
<br>
　田中は生まれつきかなりのイケメンであり、本人がその気になればハーレムを作ることすら出来そうなほどだったが、根っからのシャイボーイで、決して自分からアプローチすることなどなかった。田中に興味を持った女の子からすればずいぶん憎らしくも感じたことだろう。<br>
　俺が知っている中では一人だけ、年下の女の子が田中に猛烈なアプローチをかけたことがあった。今考えてみたら、彼女はおとなしい見た目や物腰とは裏腹に、かなり積極的な性格だったんだろう。シャイで、決して自分からは動けない田中にとってそれは願ったりかなったりの展開で、めでたく二人は彼氏彼女になる。<br>
　付き合い始めてからは、毎夜海辺をドライブして過ごしたという。時にはヤンキーに絡まれながらもデートを続け、ある日、その子に突然の別れを告げられた。<br>
　田中はシャイ過ぎて、結局積極的な女子高生にはそれが物足りなかったのだ。田中のよく言えば誠実なその対応は、当人にとってはありがたくもなんともないことでしかなかったわけだ。<br>
　もちろん女の子は悪くない。なにもできなかった田中が不甲斐ないのだ。しかし、どうやら田中にとってはそれがトラウマになってしまったらしかった。<br>
<br>
　田中が学生時代を終えて就職した頃、両親が仕事の都合で引っ越してしまった。<br>
　田中の職場から車で四時間はかかる場所に引っ越したんだからどうしようもない。田中は初めての一人暮らしを始めた。一人暮らしは思いのほか寂しかったらしく、奴は時間さえあったら俺のとこに遊びにきた。あんまり不憫だったから、うちの猫が産んだ子猫の中で一番可愛いやつを一匹譲ってやったら喜んで連れて帰った。<br>
　田中と猫が住むその部屋は、一人暮らしだから絶好のたまり場にだってなりそうなものだったが、実は俺は一度も入ったことはない。一度だけ他の友人と連れだっていきなり遊びに行ったことはあったが、どうしても部屋には入れてくれなかった。そこは風呂もトイレも洗濯機も共同のボロアパートで、そこに男の一人暮らしだから、かなり散らかってるのを気にしたのか、それとも他の理由があったのか。いまだに謎だ。<br>
<br>
　そんな日々が過ぎていく中で、田中はなぜか夜のスナックでバイトを始めた。そこでどうやらかなり女にもてたらしい。もてるのは良いことだが、前回のトラウマの反動だろうか、田中は女のことを多少シビアな目で見るようになっていた。 別にそれに対して俺がなにか言うことはなかった。女に冷たい男はそこらじゅうにいる。俺の他の友達にもいた。田中がその一人になったからといって、とやかく言う理由もない。<br>
　そうこうしているうちに結局田中は仕事を辞め、猫と連れ立って親元に越していった。一度だけ、こっちに来た田中と酒飲んで騒いでX JAPANを熱唱したが、もうそれきり音信がない。聞いた話じゃ親とケンカして家を出たって話だが、そうなるとますます探しようもない。<br>
<br>
　田中は本当に素直な男だった。周囲の影響を、まっすぐに体で受け止めずにはいられないやつだった。<br>
　父親が警察官だったし、たぶん両親がよほどまっすぐに、素直な人間に育てたんだろう。親元にいる間はそれでもよかったろうが、親元を離れると他に守ってくれるやつなんていやしない。自分の身は自分で守るしかない。<br>
　そんな生活は、やつから次第に素直さを奪っていったのかも知れない。<br>
　だけど世の中というのはそんなもんだ。みんな、ピュアな部分を失いながら生きていくのだ。<br>
　俺は奴の素直すぎるところが嫌いだった。おまけに味音痴で、なにを食っても美味いという。冷めたクリームソースがかかった固いピラフを食っても、美味いと心から言いやがる。そんなやつに本物の味や、そのものの本質なんて分かるのか？　そう思うことさえあった。<br>
　だからむしろ、田中が変わっていくのを見るのは、本音を言えばちっとも嫌じゃなかったのだ。<br>
<br>
　だけど今になって思う。<br>
　なに食っても美味いという奴と、なに食ってもけちをつけるやつ。本物の味とか関係無しに、いったいどっちが幸せなんだろうって。<br>
<br>
　カラオケでたまに田中が歌っていたENDRESS RAINは、超へたくそで聴いちゃいられなかった。だけどあいつはへたくそだろうがなんだろうが、ENDRESS RAINが好きで、X JAPANが好きで、いつもロックを聴いていた。素直だったあいつも。最後に見たあいつも。まるで、自分のなにが変わっても、そこだけは永遠に変わることはないのだというように。<br>
<br>
　時は流れていく。ENDRESS RAIN――終わらない雨。歌がどれだけそう歌ったところで、やまない雨などありはしない。終わらないのはただ、記憶の中の雨だけだ。<br>
　俺の狭い、汚い部屋。煙に沁みる目で見る、空き缶と空き瓶と薄っぺらな雑誌が散らばる煙草臭い空間。そこでいつも男ばかり四、五人集まっては麻雀ばかりしていたあの頃。乾いた牌の音。耳に残るX JAPAN――<br>
　無駄な時間を過ごしていたもんだ、という目でしか振り返ったことはなかったが、最近になってとても大事な時間だったようにも思えてきた。<br>
　そう、結局そんなものが、俺たちにとってのENDRESSなんだ。脳細胞の中にだけ存在する、記憶の中の永遠。<br>
<br>
　田中。お前は知らないだろうけど、お前がいない間にいろんなことがあったよ。<br>
　お前が付き合っていて何もしなかったあの可愛い女の子は、今はめちゃくちゃ美人になってるぞ。<br>
　けどもう結婚して、子供もいるけどな。<br>
　今お前はどこでどうしてる？<br>
　お前と今話したら、どんな会話になるだろう。お前は俺になんと言うだろう――。<br>
　俺のやった猫は元気にしてるか？　それとももう死んじゃったか？<br>
<br>
　今お前の耳に、ロックは聴こえているか？<br>
</span>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>人生の転機</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-essay.com/recollection/jinseinotenki.html" />
<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-03-09T06:32:50Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.7967</id>
<created>2005-03-09T06:32:50Z</created>
<summary type="text/plain">時に人は、思いがけない出来事をきっかけに人生の転機を迎えることがある。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>100_追憶</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　時に人は、思いがけない出来事をきっかけに人生の転機を迎えることがある。<br>
　たとえば私の友人鈴木君(仮名)は、私の知る限り三度、思いがけない人生の転機を経験している。<br>
<br>
　一度目は少年時代に起こった。ある時、彼を39度以上の高熱が襲った。高熱は一週間以上続き、彼は人生初めての入院を経験することになる。やがて熱は引き無事退院したのだが、もともと少し尖った性格で、物事を斜に見る傾向の強かった彼は、その経験により一つの確信を得ていた。すなわち、<br>
「俺には種がない。だから、避妊する必要はない」<br>
　というネガティブなのかポジティブなのかよく分からない確信である。<br>
　特に病院で診断を受けたわけでもないから、完全に彼の思い込みなのだが、その思い込みは鈴木君の女性関係に奔放さを、人生観に暗い影を落とした。軽い気持ちで女性を誘い、軽い気持ちで女性と別れた。事を致すときは当然いつも『自然のまま』だった。<br>
<br>
　二度目の人生の転機は二十代前半に起こった。恋をしたのだ。鈴木君にとって初めての真剣な恋だった。しかし彼女には婚約者がいた。<br>
　幸いなことなのかどうか分からないが、彼女は奔放な鈴木君に惹かれるようにして出会った、奔放な性格の女性だった。<br>
　二人は彼女の婚約者にばれないように付き合い始めた。鈴木君は自分に種がないこともあり、生涯に渡って結婚しない決意をしていたし、そんな彼にとっては、彼女にいずれ結婚する相手がいるというのは決して辛いことばかりではない事実だった。鈴木君の彼女に対する思いは真剣だったが、自分には彼女に普通の幸せを与えてやれないという思いがあったから、いずれ奔放な彼女が自分から離れていった時に、彼女にきちんと居場所があるということに、鈴木君はなによりも安心したのだ。<br>
　鈴木君は彼女との二人だけの時間を大切にするために、他の女性関係をすべて清算した。友人との付き合いも一切しなくなった。仕事も辞めた。デート代は全て彼女が出した。<br>
　付き合いを絶った友人の中には私も含まれていたので、詳しい事情は知らないが、一年後、鈴木君は彼女に振られた。別の男のことが好きになったのだという。鈴木君は彼女を必死で引きとめたようだが、結局彼女は離れていった。<br>
　鈴木君は彼女に生活の全てをコントロールされていた。彼女を失った結果、鈴木君には何も残らなかった。<br>
「俺にはなにもない」<br>
　それは鈴木君の二度目の確信だった。久しぶりに会った彼の顔には更に暗い影が落ち、人生にほとんど絶望しているように見えた。<br>
<br>
　それでも鈴木君は時間をかけて人生を立て直した。何度か転職を繰り返し、疎遠だった友人との関係を再構築した。立ち直った鈴木君は、不思議と以前の彼よりも魅力的になっていた。尖っていた性格もずいぶん丸くなり、先輩には可愛がられ、後輩に慕われた。<br>
　そんなある日のことである。慕われていた後輩の女の子と付き合うようになっていた鈴木君は、ある日、彼女から思いもよらない一言を告げられた。<br>
「赤ちゃん、できちゃった……」<br>
　鈴木君にとっては青天の霹靂だった。少年時代から変わらず続いていた思い込みが生んだ、三度目の人生の転機である。彼は戸惑い、大いに取り乱したが、最後には腹をくくった。<br>
　そして今、彼は妻と４歳になった子供と共に人生を生きている。数度の転職を経て写真屋さんで働いている彼の今の夢は写真家であり、毎日夜遅くまで働いている。帰宅すると奥さんが出迎えてくれる。子供の寝顔を眺めながらビールを飲むのが日課だ。言葉を覚え始めた息子に「パパ、キライ」と言われることに目下悩んでいるということだ。<br>
　いつしか彼の顔に暗い影は見られなくなり、代わりに常に、どことなく驚いたような表情をするようになった。ひょっとしたら彼にはいまだに信じられないのかもしれない。決して得られないと思っていた幸福の中に今自分がいることを。<br>
<br>
　時に人は、思いがけない形で人生の転機を迎える。しかしそれまで歩んでいた人生より悪くなるとは限らない。良くなるとも限らない。そう考えると、人生とはなんと不安定なものなのだろうと思う。<br>
　しかしどうやら、人生が変化することを必ずしも怖がる必要はないようだ。<br>
　辛いだけの過去でさえも、時に素晴らしい新たな人生の呼び水にはなり得るのだと、鈴木君の人生は教えてくれている。果たして鈴木君の次の転機はいつ、どのような形でやってくるのだろうか。<br>
</span>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>ふられる免許</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-essay.com/baka/furarerumenkyo.html" />
<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-01-20T15:21:47Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.7966</id>
<created>2005-01-20T15:21:47Z</created>
<summary type="text/plain">免許の取得条件は、とにかく良くふられること。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>300_馬鹿</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　また、ふられてしまった。<br>
　念のために言っておくが、女性にふられたのではない。去年の年末、実家に帰ろうとしたその日に大雪にふられ、足止めをくらってしまったのだ。去年もおととしも大事な日に雪にふられてしまった記憶があり、だから「またふられてしまった」と感じたというわけだ。<br>
　実際私はよくふられる。ふらっれぱなしの人生といってもいい。<br>
　あんまりふられるから、先日自分で『ふられる免許』なるものを作ってみた程である。<br>
　免許の取得条件は、とにかく良くふられること。私は自分自身に、この免許のゴールドライセンスを発行することにした。資格十分と判断したのだ。<br>
　実際雨にふられることなど私にとってはごく日常的なことだ。雪にも先日ふられたばかりである。今日だって同僚の小川さんに仕事をふられた。将棋を指していても、すぐ二歩（にふ）られてしまう。<br>
　そんな私のふられっぷりがまぶし過ぎ、手に届かない遠い存在のように感じてしまうのだろう。多くの女性が私と視線を合わせることを避け、出来るだけ遠ざかろうとする。そのおかげか女性にふられることも朝飯前である。<br>
<br>
　そんな私も最初からゴールドライセンスを所持できるレベルだったわけではない。ある特別なふられ方が、私をゴールドライセンスの有資格者にしたのだ。<br>
　あれは以前働いていた職場でのことだった。<br>
　当時私は本社から離れ、とある現場で働いていた。その日もいつもと同じように現場で忙しく働いていると、突然部長から連絡があった。<br>
　私に、今すぐ本社に来いというのである。<br>
　現場から本社までは、電車で一時間はかかる。時間は午後9時。正直行きたくなかったが、部長の命令とあっては仕方がない。私は皆が忙しく働いているなか仕事を切り上げ、電車を乗り継ぎ乗り継ぎ本社に向かった。<br>
　午後10時。ようやく本社に戻った私を、部長は椅子に座ってタバコをふかしながら待っていた。<br>
「今、机の下を片付けていたところだ」<br>
　そう言う部長の傍らには、ダンボール箱が三箱、雑然と積み上げられていた。<br>
　そのダンボールの中身を私は知っていた。私が本社で働いていた頃、部長が使用済みのコピー用紙を中に放り込むのを良く見ていたからだ。<br>
　部長はダンボールに軽く蹴りを入れながら、タバコの煙をあくびするように吐き出した。そして私は仕事をふられたのである。<br>
「裏紙が使えるものと使えないものを分けろ」<br>
「……これ、全部ですか？」<br>
「あたりまえだ」<br>
　それから一ヵ月後、私は会社を辞めた。<br>
<br>
　正直あまり思い出したくない記憶なのだが、それでも私はたびたび必要に迫られ、この話をする。<br>
「前の会社、なぜ辞めたんですか？」<br>
　と、よく話をふられるのである。<br>
</span>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>同窓会　2005・冬</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-essay.com/idea/dousoukai.html" />
<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2005-01-03T03:00:25Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2005://3.8940</id>
<created>2005-01-03T03:00:25Z</created>
<summary type="text/plain">中学校の同窓会に出席しました。そこで、十数年ぶりに担任の先生と再会しました。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>150_思考</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<!-- autolink content -->
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　同窓会に出席しました。<br>
　参加者は約20名。中学の時の同級生と担任の先生が、久しぶりに集まってお酒を飲みます。<br>
　数日前に会って酒を飲んだばかりの奴もいますが、卒業以来会っていなかった顔もあります。<br>
　本当懐かしい顔ぶれです。<br>
<br>
　この日、私は十数年ぶりに、担任の先生（当時は独身女教師だったが、今では三人の子持ちの女教頭先生）に再会しました。<br>
「千歳。あんたいま何してるの？」<br>
「今は、東京でネット関係の仕事してます」<br>
「東京？　まともに働いてるの？　きちんとした仕事？　ちゃんと生活できてるの？」<br>
「…………」<br>
　物事を覚えておこうとしない大雑把な性格が災いして、自分の学生だった頃の記憶ってもう殆どなくしてしまっているんですが、目の前の、心底心配そうな先生の顔を見る限り、どうやら私、かなり先行き不安な教え子だった様子です。<br>
　あんまり私の目標や夢や希望を語ると、かえって心配させてしまうような気がしたので、とにかくきちんとしたところに就職していて、サラリーもらってますよと現状を説明。それで、ようやく、多少なりとも安心してもらえたようでした。<br>
<br>
　先生は一次会で早々に帰られました。私は二次会のスナックに行き、見た目が一番若いとはやし立てられ、同級生（十年前に結婚し二児の母）の腰に腕を回しながらカラオケ歌って、三次会で「なんで東京にいてもんじゃ焼き食ったことないの？」と言われながらもんじゃ焼きに舌鼓を打って、んで四次会になだれ込もうとする面々を見送って家路につきました。<br>
<br>
　実家の和室に用意されていた冷たい布団にもぐりこみながら、私はふと思いました。<br>
「そうか、もうあれから、そんなに経ったのか」<br>
<br>
　気がつけば、先生が私の担任だった頃の年齢に、私自身さしかかろうとしています。<br>
　ちっちゃくて、卒業するまで声変わりもしなかった、特別成長の遅かった私を、あの頃先生は、どういう思いで見てくださっていたんだろう。<br>
<br>
　大丈夫ですよ、先生。<br>
　あなたの送り出した教え子の一人は、まあどうにかこうにか東京で生かせてもらっていますから。<br>
<br>
「がんばりなさいよ」<br>
<br>
　はい。<br>
　だから、またいつか会いましょう。<br>
</span>
]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>台風と和風</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-essay.com/baka/taifuutowafuu.html" />
<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2004-09-08T15:40:53Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2004://3.7965</id>
<created>2004-09-08T15:40:53Z</created>
<summary type="text/plain">私はフンと鼻をならした。なにが台風だという気分である。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>300_馬鹿</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　今年は例年に比べ、台風が多いと聞いた。<br>
　台風か……<br>
　私はフンと鼻をならした。なにが台風だという気分である。<br>
　そう、私は、世の中で「風」がつくものほど、いい加減なものはないと思っている。<br>
<br>
　たとえば「和風」、「洋風」だ。和風はあくまで和風であって和ではないし、洋風は洋風であって洋そのものではない。「カントリー風」の建物は都会に付き物だ。<br>
<br>
　そういえば私が昔働いていたお菓子会社では、「手作り風クッキー」というものを販売していた。手作り風というからには、実際には手作りではないのだ。最初私は手作りではないと言う事を知らなくて、「え、手作りではないんですか？」と、純真無垢な気持ちで聞いたものだった。<br>
「流れ作業で大量生産だよ。ここに手作り風って書いてあるでしょ？」と工場長は事も無げに答えると、クッキー詰め合わせ箱の一点を指差した。指差した箇所は「手作り」という文字と「クッキー」という文字の間で、そこにはひときわちっちゃな文字で「風」と書かれてあった。なるほど。商売というものを初めて知ったような気がした瞬間だった。<br>
<br>
　つまり私が言いたいのは、「風」がつくということは、間違いなくその前の文字を否定しているのだということである。「和風」は結局「和」ではないのであり、「手作り風」は工場の流れ作業の産物でしかないのだ。<br>
<br>
　ならば台風のなにを恐れることがあるだろう。台風が来たといっても結局は「台」そのものではありはしない。それを証拠に、テーブルなんてどこからも飛んで来ないじゃないか。「風」がつくものなんて、所詮そんなものなのである。<br>
<br>
　とか言ってたら、私の生まれ故郷高知を、先日台風が直撃したとニュースでやっていた。「テーブル飛んできた？」電話の向こうの母にふざけてそう言うと、えらい怒られた。どうやら実家はてんやわんやだったらしい。<br>
　ニュースでも、立派な木が突風になぎ倒されている場面をスクープしていた。車も横倒しで、店のカンバンも吹っ飛んでいた。かくゆう私もこの前停電に見舞われて、パソコンの更新中のデータが吹っ飛んだ。なんということだ、台風の猛威とはこんなにもすさまじいものなのか！<br>
<br>
　結局、「風」がつくからと言ってそう舐めたものでもないらしい。告白すると、和風ハンバーグも洋風カレーも私の大好物だし、あの手作り風クッキーもベリーデリシャスだった。カントリー風の建物も、都会に疲れている私にとってはひと時のオアシスなのである。<br>
<br>
　どうやら私こそが、知った風な口をきいてしまっていたようだ。<br>
</span>
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</content>
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<entry>
<title>本質への理解</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-essay.com/idea/honshitsuhenorikai.html" />
<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2003-01-25T15:24:12Z</issued>
<id>tag:www.c-essay.com,2003://3.7964</id>
<created>2003-01-25T15:24:12Z</created>
<summary type="text/plain">そもそも何が悪いのか。この場合の最も確実な悪とはなんなのか。</summary>
<author>
<name>千歳</name>
<url>http://www.ckotoba.com/</url>
<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
</author>
<dc:subject>150_思考</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.c-essay.com/">
<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　最近またいじめが問題になっている。<br>
　といった書き出しで始まると、今回のテーマは「いじめ」かと思われるかもしれないが実はそうではない。主にテレビ等で、タレントや知識人がたまに「こういう考え方もできるよね」といわんばかりに「いじめられている側にも問題があるんじゃないの」的な発言をするのに対して、俺は非常な怒りを覚えることがある。今もそれに怒りを感じ、突発的にこれを書いている。だってそれは、そんな簡単に発言して良い言葉ではない。<br>
<br>
　いじめている側と、いじめられている側が一堂に会している状況で、しかもいじめている側が、自らの責任から逃れようと躍起になっている時に、そんな不用意な発言をしたらどうなるか。いじめている側はこれ幸いとばかりに気勢をあげ、いじめられている側は窮地に追い込まれることになるだろう。<br>
　ではそれが、発言者の望んだことなのか？　せめてそうではないと思いたい。だからこそ、その発言の不用意さに腹が立つ。<br>
<br>
　「いじめられている側にも問題があるんじゃないの」それは、確かに一つの真実をついてはいると思う。その言葉の持つ意味を完全に否定してしまうのでは、議論に建設的な発展など望めないだろう。ただしそれは、もっとも根本的かつ基本的な問題からは少なからず的をはずしているといわざるを得ない。そのことを発言者は自覚しているのだろうか？<br>
<br>
　そもそも何が悪いのか。この場合の最も確実な悪とはなんなのか。<br>
　それは「いじめている側」であるという事は、絶対的な事実なのである。どのような理由があるにせよ、強者が弱者を一方的に攻撃する事は悪以外のなにものでもない。原始時代や他の独裁主義的な国家ならいざ知らず、少なくとも現代の日本では。そしてそれこそがいじめの定義なのであり、苛めという言葉自体に、すでに悪は内包されているのである。<br>
<br>
　その「最大の悪」をろくに明確にしていない状態で、弱者の問題点を不用意に指摘する。それはたとえ意図なくしても問題の本質をぼやかす行為に他ならないし、なにか意図があるとすればそれは「問題のすり替え」だとしか思えない。<br>
　もちろんいじめられる側にもなにがしかの問題はあるだろう。そしてそれをいうなら学校、先生、いじめている側の生活環境、いじめられている側の生活環境――ひいては社会全体にも問題はある。それらのことを議論するのは「いじめ」という問題を多角的にとらえるためにはむしろ当然・必然といえる。<br>
　だがそれらは「いじめという悪」と決して同等ではありはしない。自らの行為の悪を意識し、そのことに真正面からぶつかる機会を加害者に与えておかないまま、決して中核たりえない部分を話し合うことに、どれほどの意味があるだろう。<br>
　「痴漢されるのは、あなたの格好とか態度とかにも問題あるんじゃないの」という発言もよく耳にする。一片の紙切れのような軽い言葉が、しかし時には鋭い刃たりえるのだということを、あなたは自覚していますか？　そうして生まれた傷に、あなたは責任はとれますか？<br>
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　ＴＶ・ラジオ・インターネット他、あらゆる形のマスメディア――それらにそれなりの立場でもって顔を出す人間は、その時々のテーマの本質くらい、最低限把握した状態で発言して欲しいと思う。あなた方が不用意に口に出した言葉は、こうして少なからず社会に影響を与えているのだから。<br>
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<title>優しくする方法</title>
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<modified>2007-07-16T21:42:07Z</modified>
<issued>2002-06-25T15:47:58Z</issued>
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<summary type="text/plain">想像力がないと人に優しく出来ないと、いつも思っていた。</summary>
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<name>千歳</name>
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<email>ckotoba@ckotoba.com</email>
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<dc:subject>150_思考</dc:subject>
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<![CDATA[<span style="font-family:'ＭＳ Ｐ明朝','平成明朝',serif;">
　想像力がないと人に優しく出来ないと、いつも思っていた。<br>
　だって誰かが困っていても、それに気付いてあげられなければ、助けてあげられない。<br>
　疲れている人の車の運転を代わってあげたりとか、前に水溜りがあるよって教えてあげたり、人が触れたくなさそうな話題を避けて会話したり。そんな事って、まずそれに気がつかないとしたくてもしてあげられないよね。<br>
　だから人は、好きな人に一番優しくできるんだと思う。だっていつもその人の事を考えているから。だから、その人がどんな事に困っているかとか、なにを望んでいるかとか、そんなことに誰よりも早く気付いてあげられるんだ。<br>
　逆に、今まで優しかった彼氏や彼女が、気がついたら自分に冷たくなっていたりするときは要注意なわけで。心当たりがある人は気をつけましょう。<br>
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　優しくしたいと思っているのに想像力が足りなくてそれが出来ないことがある。自分に余裕がない時とか特に。そのことに後で気付いてちょっと落ち込んだり。<br>
　俺自身がそんなだからだろうか。本当は優しいのに、想像力が足りないから優しく出来ない人を見ると、なんだかとても励ましたくなる。<br>
　ほら、あなたのそばにもいる、「あの人は空気が読めない」って毛嫌いされたりする人。そういう人って確かに腹が立つし、俺も「うっとうしい奴」って思ったりする事も時にはあるけど、人によっては本当はけっこういい奴だったりもするんだよ。ただ、人に優しくする方法を知らないだけで。本人も自分のそういうところに気付いていて、一生懸命直そうとしていたりするんだ。<br>
　だからたまに――本当にたまにでいいから、出来ることならどうか教えてあげて欲しい。<br>
　そいつが今よりちょっとは人に優しく出来るように、あなたが知っている、想像の翼のきれいな広げ方を――<br>
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